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母娘(ははこ)御膳 第29話「推移」

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1月半ばから、宙(そら)、そして周(あまね)の、一つの大勝負が始まった。一連の、大学入試本試験の始まりである。

まず、1/14(土)、15(日)の両日で、大学入試センター試験。二人共、志望先に国公立大学が含まれる為、受験は必須だ。よくある傾向だが、この両日も、冬場有数の大型寒波が到来。二人が暮らす中京圏も、寒さの底を迎えた。時折雪交じりの、日本海側かと思わせる寒空。朝方は、氷点下の厳しい冷え込みとなる。

宙も周も、二日に亘る、数科目の教科を無事こなし、一山越えられた気分。まあ、出来は微妙だったが。「宙ちゃん、お疲れサマー」 「周さんも有難う。どんな風だった?」 「微妙だな。理数科で、ちょっと不安なとこがあって・・」 「まあ、本試験に期待・・ね」広い試験会場で、この時 直に合う事はできなかったが、事後、LINEで互いの状況を知る事位はできた。

センター試験が終わると、もう一度佐分利学院に戻り、各大学入試向け、最後の直前対策。その教科をこなす傍ら、二人は、何度かの茶話会位はできた様な。てんでにコートを纏った冬姿で、並び歩く。「いよいよ近づいたな。大学本体の入試が」下級生 健(たける)の伯父 中条 新(なかじょう・しん)から教えられた、学院近くのコーヒー専科で、熱いオリジナル・ブレンドを嗜みながら、周は言った。「そうだね。本試で全力が出せるといいな。中々難しいけど」宙、こう返す。こちらは、同じく熱いカフェ・オーレだ。

周は続ける。「月が明けると、直ぐに私大の本試験が始まるな。後十日。どれだけ追い込めるかが鍵だ」 「うん。追い込まないとってのは、あたしも同じ。どれだけ集中できるかだね」宙、こう返す。「後は・・」周は応じ「直前と言っても、少しは眠らないといかんし」 「・・だよね。一睡もしないじゃ、肝心な時に頭回らないしさ」宙は、こう言って笑った。何度かあった、この雑談は、二人の緊張を少しは緩める効能があった様だ。

1/28(土)、まず、私立大入試向けの直前対策が終わり、ここからほぼ一ヵ月、基本 二人は会えなくなる。「周さん、元気でね。次がないのは分ってる。幸運を祈るわ」 「有難う。宙ちゃん、貴女モナー」夕方、例によって花井邸の前まで彼女を送り、解散。

翌日から三日間も、それぞれ最後の追い込みと見直しをできる所まで。そして2月。周は、最初の1日水曜が、私学本試験の初日だ。センター試験に続く関門は、彼が私学中第二志望と位置づける J大学。N市東郊の、高級住宅地の近くに、広大な本校舎を持ち、他に、近隣数か所に別れて学舎が建ち、在籍する学生数も、ここ中京圏では最大級の規模を誇る。教科内容も近年グンと向上し、昨今は、遂にある学部の教授が、ノーベル賞の栄誉に輝いてもいる。

一日おいて3日水曜は、関西圏で唯一志望のK大学、その翌4日土曜は、私学中の本命 A大学の受験日。関西圏との二日連続なので、心身のコンディションには気を遣う。周は、一定の手応えをもって、J大学入試を終えると、翌2日木曜は、現地の地理やアクセスの把握も兼ねて、午前中に発つ事とした。

10am、JR中央駅の下方を、近畿参宮電鉄の特急で出発。ここから、大坂なにわまでは、約二時間強である。この時季定番の、冬姿の周。受験生の分際ながら、やや高級な「デラックス・シート」の一名席で、受験対策を練る。列車編成六両中 最後尾に位置するこの車両は、JRのグリーン車の立場ながら、僅かな料金追加で乗れる所が魅力である。尤もこの先、宙と一緒に出かける事が増えれば、そうそう乗る機会があるかどうかは分らないが。

始発を出た列車は、暫くの間、ほぼ同じタイミングでJR中央駅を発った これも特急「紀伊」号と、暫し並走する。この前の年末、豊(ゆたか)が乗った 5号の一便前、3号である。編成は四両。周の乗る列車程の混雑ではなさそうだが、まずまずの乗車状況。それ以上に驚いたのが、「紀伊」号の走りの良さ。鈍重な印象の、ディーゼル気動車とは思えぬ俊敏さだ。トップ・スピードでは、周の乗る特急とほぼ同等だろう。

「見かけによらぬ・・とはこの事だな」彼は思った。「合格の暁にゃ・・」 「豊の招きに、是非応じたいもんだ。彼(やつ)の暮らした、美しい外海と、素朴な港町を、是非この目で見に行くんだ・・」暫し、そう言う想いが、脳裏に渦巻いた。もう少しの間、近づいたり離れたりを繰り返しながら、西郊の田園に出る頃、両列車は互いの視界から消えた。

紀伊半島の北の山間(やまあい)、青山高地を西へ越え、なにわ着は正午過ぎ。昼食の混む時間帯だったので、まずは通天閣や日本橋商店街の見物を少し。遅めの昼食後、2pmのチェック٠イン開始と共に、宿へ。まず、K大学の位置とアクセスを確認後、宿に戻って受験準備の続き。ホテル館内の夕食に出た以外は、仮眠を絡め、ほぼ缶詰めで翌朝を迎えた。

予定通り、朝食と宿のチェック٠アウトの後、K大学入試に臨み、夕方前の近畿参宮上り特急で帰途に。同じグレードのシートである。休む間もなく、翌日には、佐分利学院からも遠くない所に本拠を置く、私学中の本命 A大学入試が控える。努めてリラックスを心がけるも、どうしてもどこかに緊張が残り、その夜も、良くは眠れなかった様な。しかし、続くA大学の関門挑戦も、それなりの手応えでどうにか終えられた。受験仲間から聞いた所では、宙も同じ日、同じ大学を受験したらしかった。

ほんの少し、緊張が解けた様な。これから数日後の、首都圏にある大学の入試まで、ちょっと間がある。佐分利学院でも、臨時の直前対策が組まれるので、周はそれにも出席する事にする。この時期、宙とは、本当に不思議な程行き会う事がなかった。折に、LINEで受験の進み具合を話し合う位はあったが。私立A大学以外にも、一つや二つは、同じ所の入試に臨んだはずだが、杳(よう)として、彼女の姿を認める事はなかったのである。まあそのお蔭で、受験準備に集中する事もできはしたのだが。

2/10の金曜から数日間は、首都圏の二学、M、Cの両大学受験に臨む。アクセスは、往復とも東海道新幹線。関西のそれとは違い、隣席有りもあって、その行程は、いずれも拝めた霊峰富士の下でも、余り落ち着かなかった。健の伯父 中条から聞いた、都市部にありがちな風俗の話も脳裏を過りはしたが、妙(たえ)と宙の事もあり、それを振り払う周であった。まあ、その想いもあって、宿で一度や二度、自慰の挙に及んだのも事実だが。

私大受験を終えた後、周も参加の直前対策講座が全て終わったのが、2/22の水曜。この前日までに、一部私大の合格発表があり、周は、関西のK大学は惜敗も、第一希望のA、第二希望のJ 両大学の合格を果たした。まだ、公立 N市立大の入試を残してはいたが、彼は熟考の末、A大学の入学手続きを進める事にし、その事を、宙にもLINEで報告した。すると・・

宙「周さん、丁度良かった」 周「はい、何かな?」 「あたしも、A大合格したのよ」 「ほほう、そりゃおめでとう!」 「貴方もね。で、学部は?」 「俺は経済学部」 「ああら、奇遇ね。あたしもよ」 「そうか、多分だが、どうか宜しくな」 「こちらこそ・・」宙も、同様の対処をするらしかった。

直前対策講座修了の日 夕方、生徒各自に、修了証が手渡されたのだが、周のそれは、何故かなかった。最終日の担当講師は、宙の姉 結(ゆい)。「阿久比君は、悪いけどちょっと残ってね。それでは皆さん、残り後少し、ラスト・スパートで頑張って下さい。幸運を祈るわ。お疲れ様でした!」 「はい、花井先生、有難うございました!」三十人近い生徒たちが、次々に、会釈を残して帰途に就く。残るは、結と周。

「周・・」結が声かけ。「はい、伺います」周、凛として返す。「今日は、証書は渡せないけど、勿論貴方も修了です。但し、条件があるの」 「はい・・と、仰いますと」 「明日木曜の夕方、もう一度あたしのとこに、顔を出して欲しいの。できるかしら?」 「いいですよ。午前から自習で来ますから」 「良かった。じゃ、それで宜しくね」 「はい、承ります。今日はこれで、失礼します」会釈で別れる二人。だが、この教え子が二大学の受験を突破した事を、女講師は知っていた。
(つづく 本稿はフィクションであります。次回は、5/16火曜以降に掲載予定です)

今回の壁紙 JR中央線 金山駅北詰 名古屋市中区 2014=H26,2 撮影 筆者
久石 譲さんの今回楽曲「リンクス(Links)」下記アドです。
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