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南へ・・ 第11話「船出」

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「お休みなさい!お気をつけて。好い夢が見られそうです!」 「有難う、お休み!」軽快な発進音と共に、美波(みなみ)の駆る、黄色のスズキ・アルトが赤い尾灯(テール・ライト)の軌跡を描いて遠ざかる。変則3Pとは言え「あの行為」の後の、気だるくも心地良い余韻。

終り際に、豊(ゆたか)のポロリと言った「美波さん、お着けの下着、どうしちゃったんでしょうねえ?」のバカ染みた問いも、今想えば楽しい「後戯」の一つだった。そのお蔭で、周(あまね)と豊は、彼女が一度は着けた、ブラとショーツの匂いにありつけたのだから。

「ああ、いやいや、あの微かな匂い、微妙な感じで良かったですぅ~!」感動した豊、こう言い。「ああ、分るよ。強過ぎもせず、弱過ぎもせん、あの絶妙な匂いの度合いな。今夜は、よく眠れるぞ!」周も応じ。豊「後五時間ちょっとですね。ざっと装備を確かめて、休みますか」 周「ああ、そうしよう」寝室脇に揃えた、ウェット・スーツやゴム手袋、土間のゴム長靴などを確かめ「では、好い夢を!」

「お早うございます!」翌未明の 4am、アラームの威力もあって、若い二人は心地良く目覚めた。ウェット・スーツ、ゴム手、ゴム長を纏(まと)って僅かな手回り品を携え、豊の父 樹(いつき)、弟 邁(すすむ)とも挨拶、前日の往路に乗った、同じスズキ・ハスラーで港へ向かう。祖父の兵衛(ひょうえ)は、小半時前に軽トラックで先発した由だ。

長島漁港へは 4:15amに着いた。「お早うございます、宜しくお願いします!」 「お早う、こちらこそ宜しくです!」兵衛は、若い漁協関係の男たち三人を従え、甲板で出港前最後の作業。既にエンジンが始動している。船長の樹がもう一度、装備を確認。「じゃ、出るか?」 「了解!」樹以外 7名全員の返事と共に 4:25am、第二樹洋(じゅよう)丸は、ゆっくりと桟橋を離れる。

まだ夜明け前の薄暗い海を進む事 約25分、陸地から数km沖合だろうか、この辺りに、豊野家が仕掛けた定置網がある。諸々の準備を経て「今からやるぞ!」の号令。海底の網が、一旦引き揚げられるのだ。「阿久比(あぐい)君は、上がり切るまで俺の傍を離れるな。沢山の魚が跳ねて、飛沫(しぶき)が上がっても驚くなよ」兵衛の言葉に、周「分りました。お願いします!」と返し。

「よしっ、行こう!」探照灯の下、まだ夜空の 5amから、定置網の引き揚げが始まった。長さ100m超クラスの大網に、多くの魚がかかっている。引き揚げ操作は、関わる全員の、呼吸の合った動作が大事だ。言葉で指示している余裕はないし、声が聴こえない事もある。慣れぬ周は、隣の兵衛の顔つきや仕草に、神経を集中して作業に臨む。暫く後・・

船のユニックやウィンチを併用するも、多くの人手を要する引き揚げ作業の様子には、周も納得だった。「なる程、俺も呼ばれる訳だ・・」 この朝、揚がって来た網の漁獲は数百kg以上、多いと1tを超える日もあると言う。聞いた通りの、活きの良い魚たちの跳ねから来る、凄まじい飛沫。だが、この元気を護って、市場に納めなければならない。

これも大きな掬(すく)い網を介し、鱸(すずき)、鰤(ぶり)、伊佐木や鯖(さば)など割と大物から、鯵(あじ)など干物になる様な小魚まで、何十種もの雑多な魚類が一同に見られ。「日によっちゃ、鮪(まぐろ)や伊勢海老、マンボウがかかる日もあるんだぜ」兵衛にこう聞かされ「わ、マジですか?」暫し驚く 周であった。

兵衛の指示で、船倉に収まる獲れた魚類を、桟橋に戻り次第トラックに移す為の準備が、周や邁の仕事になった。その間に、漁の心得がある豊は、大人たちと共に、ひとまずの用を終わった漁網を点検し、再び重りと共に海底にセットして行く。その時、破損があれば、その場で修繕するのだ。この朝は、目立つ不具合はなかったが。漁の山場を越える頃、夜が明けて来た。雲多いが、今日も晴れ模様だ。

一連の作業の区切りが6:30am前。「よしっ、ご苦労さん!」引き返し 7am前に帰港。直ぐに、船倉の漁獲が総員で下ろされ仕分けされ、氷と共に、種類別に容器に収め、待機中の2t級保冷車 いすゞ・エルフに積み替えられる。日曜日のやや遅い時間だが、この朝二巡目のセリに間に合わせる為だ。積み込みが済むと、組合関係の三人(内一人は、積荷の見守りの為、荷室に乗る)と樹は「じゃ、船を宜しく。又、後でな!」 「はい、お願いします!」少し離れた魚市場を目指す。

残った兵衛、それに若い三人は船内の掃除と後片付けだ。幸い、使っていた掬い網とかに目立つ損傷はなく、水洗いして船の甲板で干す事に。「それ、俺がやります!」洗いものにはちょっと自信のある周は、豊の弟 邁の応援を得て、大小の漁具を洗い、甲板に上げて、日干しの体裁に。ほぼ同タイミングで船内の掃除を終えた、兵衛と豊が点検し「よし、良いよ。阿久比君、ご苦労さん!」 「お疲れ様でした!」 「皆さんも、お疲れ様です!」区切りの挨拶が交わされたのが 8am過ぎ。

水気拭きを経て、漁の服装のまま、一同は、兵衛の運転で豊野家へ戻り、朝食。それに先立ち、若い三人は兵衛の楽しみ、朝風呂を使う。「お祖父さんが居座りたくなるの、分るなあ・・」周が言うと「確かに。祖父は、夕方より、漁帰りの朝風呂の方が長いです」と、豊野家の兄弟は口を揃えた。

遅めの朝食を終えたのが 9:30am頃。周の望み、北紀(ほっき)町から更に南の、M県とW県の境近くに達する長い海岸「七里御浜(しちりみはま)」へ出かけられそうだ。時間があれば、その直ぐ北に続く名勝「鬼ヶ城海岸」も見られるだろう。前日来の、JRフリーきっぷも使え、特急の自由席にも乗れる。今度のは、10:20am過ぎに長島を発つ、特急「紀伊1号」だ。

「阿久比さん。ご希望が叶いそうですよ」豊が言った。「そうか、有難う。出かける様にせんとな」周、返す。「今、母が弁当用意してくれてますから、それができ次第、ボツボツと出かけますか」 「そうだな・・」会話の合間に、豊は、ペット・ボトルの茶や飲料を用意した。弟 邁にも同行を勧めたが、彼は同級生と先約があり、諦めた様だ。

「じゃ、行ってきます!」 「はい、気をつけて!」 10am少し前、ジーンズに上衣、ウォーキング靴の平装に戻った周と豊は、徒歩で出かける。ここから北紀長島駅までの、漁港の眺めも、周にとってはお気に入りだった。何よりも「海のそば」と言う事が、ある意味大きな癒しになっている様だった。駅に入って10分程で、下り列車が姿を現す。

JR紀勢東線の特急列車「紀伊」は全便、自由席は伊勢湾寄りの、1号車一両のみ。この日も、数名が下車するも、かなり混んでおり、何とか隣席を確保できたのは、幸運だったかも知れない。「もう少し先へ行くと、空いて来るんですがねぇ」豊が言った。

前日の、到着間際に見たのと同じ様な、岩場の海岸と漁港の岸壁、それにトンネルが交互に現れる風景の中を、下り特急は南下して行く。途中、大きな漁港のある O市で、乗客の相当数が下車、自由席車内も、一応は静かになった。

紀伊半島の主要都市 熊野へは 11:15am頃着いた。二人は、示し合せて駅近くの、図書館が入る公共建物の中で、持参した弁当の昼食を済ませる。魚の焼き物や海草の煮物、野菜が幾種類かの「豊野家の普段飯」と同じ構成。食後、図書館内をチラ見してから、海岸へと足を向けた。図書館に寄ったのは、この土地の地理を調べる為でもあった。

七里御浜の海沿いに出たのは正午過ぎ。「途中までなら、鬼ヶ城も見られそうですね」豊が言うと 「そうだな、それも面白そうだ」と、周も応じ。まずは、途中折り返しになるも、小半時程、鬼ヶ城の奇勝を見てから海岸に戻る事に。しかし、この行程を選んだ事が、意外な出会いに繋がる。再び、奇勝から浜辺に戻った若者たちを待ち受けていたもの。それは・・
(つづく 本稿はフィクションであります)

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