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南へ・・ 第26話「回帰」

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雲多めも、概ね穏やかな晴天に恵まれた、海辺の三日間が終わりに近づいた。豊野家へ帰ってシャワーを使い、上衣にジーンズの装いに戻り、魚メインの、遅めの昼食を済ませた、周(あまね)と豊(ゆたか)は、N市への戻りに向け、手回り品を纏(まと)め始めた。区切りがつくと、二人の荷物は、母屋の玄関脇の、唯一の洋室 応接間に集められた。周は、様子を見ていた豊の父 樹(いつき)と、暫し会話。

「お父さん、三日間有難うございました!」 「うん、俺たちの方こそ。ホントご苦労さんだった。いきなりの乗船で戸惑ったろうけど、よくやってくれたな」 「いえいえ、不安なんて、マジで初めの内だけです。途中からは中々面白いものでした」 「そうか、じゃ又、一緒に漁に出たいな!」 「ええ、是非、宜しくお願いします。その前に、又伺える様に、頑張らんといけませんね!」 「そうそう、口じゃ難しいが、大学でも無理なく手を抜かない事だ。これ、豊も同じな」 「は~い、心得ました!」聞いた豊、周と共に、やや間延びも、元気良く返す。この辺りから、豊の弟 邁(すすむ)も、会話の席に加わる。

樹は続ける「・・でな、周君。もう分ると思うが・・」 「はい・・」 「今日まで、君には買い物の時間をあげなかった。それはね・・」 「ええ、その事ですね・・」 「そうそう。君の親御様他に届けてもらいたい物を、俺たちで少し用意したのさ」 「ああ、そちらも恐れ入ります」 「そう、それは・・」用意されたのは、小鯵(こあじ)などの干物が数種類と鰹節が数本、マンボウの乾物、それに青海苔(のり)など。まあ程ほどの量だ。「有難うございます!」改めての一礼と共に「この為だったのか。買い物時間が用意されなかったのは・・」との想いも過(よぎ)る。とまれ、豊の家族親族の心遣いは有り難かった。

「実はね、阿久比(あぐい)さん」父の後を受けて豊「入江に展開してたのは、この海苔の筏(いかだ)ですよ」 「そうか、やっぱり・・」聞いた周、得心した。「色んな海産物が獲れる。正に、豊饒(ほうじょう)の海・・」そう呟いた後「豊、そしてお父さん・・」と続けた。
「うん、何かな?」樹が返すと、周「ちょっと前、この辺りも原子力発電所の構想があったらしいですね」 「ああ、それあったね。ちょっと離れてるけど、同じ海沿いの予定だった様だ。まあ、色々あって、立ち消えになりましたってとこだが」 「有難うございます。そうですか、こう言っては何かと思いますが・・」そう躊躇(ためら)う周を、樹は「いや、良いよ。言ってみろよ」と促し。

周「一昨日から、海沿いをずっと見させて頂いたんですが、やはり自分は、発電所が来なくて良かったと思いまして・・」 「うんうん、君もそう思うか。分るぞ」 「気にするな」と言いたげに、樹は返した。聞いていた豊「父さん、ちょっといい?」 「ああ、言えよ」 「阿久比さん、その発電所建設の話が出た時は、この町も、俺んとこも揺れました。来れば、交付金って言うんですか、町に『デカイカネ』が入りますからね。漁師たちも、意見が割れて大変だった様です。でも、祖父や親父と、知り合いの有志が動いて、周りの自治体にも話して辞退って事になったんです。そこへ・・」 

周「そこへ・・か。何となく分かるぞ」 豊「はい、その態度決めと前後して、東日本大震災が起きまして、その折の、T電力・福島発電所の悲劇です。現地の惨状は心痛ですが、俺たちの判断は正解だったなあって、今は皆、言い合ってますね。ねえ父さん」 「そう、まあ 豊の言う通りやね。その判断があって、この佳い海が守れたって事だ。あの時の、たった一度の判断と返事を間違えなかったって事がね」 その会話を聞いた周は「そうですか。ただ一度の判断が、ここの海の運命を決めたって事ですね」それに樹は「そう言う事だ。周君、こう言う事は、君や豊の、これからの人生でも有り得るぞ。まあ、その時はよく考える事な」 「そうですね。心得ておきます」周は、こう返して一礼した。

会話の傍ら、周は、一昨日から今日までに接した、豊の恩人 瀬野美波(せの・みなみ)の事共を、DVDプレイヤーの画像再生の様に、次々に思い起こしていた。日本人ならではの、魅力の黒髪、穏やかな土地に育まれた、端正な美しい表情、なよやかな首筋。
その一方、欧米女性にも負けぬ、腰上の佳き括(くび)れ、大きくはないが、魅惑の弧を描く、胸の双丘 そして臀丘。ここは日本人離れした、スラリとした線形の美脚、そしてそして・・恰(あたか)もルビー、或いは珊瑚(さんご)の如く輝く、程良い下草の奥に控える、秘溝と肉壁、些かの荒れもない菊花(肛門)・・

そうこうする内、時は 3pmに近づいた。樹は、若者二人に言った。「俺はこれから、春江のおばさんと邁を連れて、隣町へ買い物に行かないかん。お前たちを見送れんのは残念だが、気をつけて戻る様に。周君は、親御さんにくれぐれも宜しく伝えて欲しい。又今度、ここへ来る事もな」 「はい、色々有難うございます。親たちには、よく伝えますので」周は、改めて一礼した。暫く後・・

3pm頃、玄関の呼び鈴(りん)が鳴る。再び、あの女性(ひと)の来訪。当り障りのない、パンツ・ルックの平装。「美波ちゃん、悪いわね」 「いいえ、とんでもありません。あたしも望むとこですから・・」応対の、豊の母 緑との会話が聞こえる。「お疲れ様です!」周と豊は、廊下に出て一礼。「二人、用意はできた?」 「はい、いつでもOKです!」これを確かめ、彼女は、出かける準備に入った樹に挨拶。

「美波ちゃん、悪いな。彼たちの見送りだけは、お願いするわ。後はウチの連中と、喋ってりゃいいから」 「はい、有難うございます。いいですよ。あたしも、彼たちを見送りたいですから」笑顔で返す、美波であった。「さあ、それじゃ俺たちは出かけるから、そっちは宜しくな」 「かしこまりました。任せて下さい。お気をつけて!」 「はい、お互いに!」十分程後、運転の樹と邁、祖母 春江の乗った、豊野家メインの愛車 濃色のトヨタ・ヴェルファイアは、国道を目指して出て行った。

母屋の応接間は、美波たち三人だけになった。「これ、母とあたしで、お二人の夕飯に用意しましたから、お持ち下さい」と、豊の妹 美砂が、二つの折詰と日本茶を届けに来た以外は、暫し静かな時が流れる。「ああ、有難う。美波さんも、有難うございました」周が言い、次いで豊も「美砂ちゃん、どもども。美波さん、俺も、お世話様でした」と続く。美波は笑って「うんうん、大声じゃ言えない、良い思い出ができたね。又今度、会えるといいね」と返し。半時程後・・

「さあ、行こうか・・」 「そうですね。お願いします・・」示し合せた三人、厨房で夕食準備の、緑と美砂に一言「お世話様でした、有難うございます!」 「はい、良い三日間だったね。気をつけて!」挨拶を交わし、各々 ウォーキングやスニーカーを履いて玄関を出、美波の車に乗り込む。約、数分で、JR北紀長島(ほっき・ながしま)駅に着いたのが、4pm少し前。

「二人、ちょっとこちらへ・・」少し離れた、駐車場奥寄りに停めた車の陰に、美波は若者二人を呼んだ。「一つ残ってたわ。何だか分る?」 「はい、何でしょう?」 「物事の締めくくりに、する事よ」 「あっ・・分ります!」周と豊は、ほぼ同時に叫んだ。それは多分、終礼の事だろう。

周がその様に返すと、美波「そう、正解よ。さあ、周さんからで良いかしら?」 豊は、コックリ頷き「その通り!」のサインを送って来る。「よし、ならば・・」彼は、美波と向き合ってかがむと、双方の背に両腕を回し、ゆっくりと唇を交わす。「周、又ね・・今日までの熱さ、まだ残ってるわ」 「美波さん、本当に有難うございます。続き・・あると良いですね」暫し、名残りの口づけが続く。次いで豊。「豊も、又次ね。お船の操縦、とても良かったわ」 「有難うございます。続きは又・・今度ですね」彼も又、美波と熱く抱き合い、唇の挨拶を交わす。

4pm少し過ぎ、帰りの上り特急「紀伊84号」の出発が迫る。周と豊は、フリー切符で、美波は、駅員の高配で、無券にてプラット・フォームに上がる事ができた。「二人、気をつけてね」 「はい、改めて、有難うございます」会話の内に、列車接近を告げる構内放送アナウンスが響き渡る。

4:10pm、時刻表通り列車が到着。周と豊は、最後尾4号車の最後列席に荷物を置くと、もう一度乗降扉に戻り、美波と、ひとまずの別れ。「元気でね!」 「有難うございます、貴女も!」ドアが閉まり始めると、若者二人は、他の客に頭を下げながら、直ぐ最後列席にとって返した。

エンジンが唸りを上げ、上り特急は、勇壮に滑り出した。挙手を交わして挨拶する、周と豊、それに美波。彼女は、目に涙を溜めている様にも見えた。周?それとも豊を想ってか?それは分らなかった。若者二人は、それが当然の事であるかの様に、最後尾の窓から、遠ざかる駅と、美波の姿を追い続け、見えなくなる左カーヴで、互いに大きく手を振り合った。思わぬ出来事もあった、三日間の終わり。集落を抜けた列車は、左に、右にカーヴを描き、難関の登り道「荷坂越(にさかごえ)」へ向け、一気に加速して行った。
(つづく 本稿はフィクションであります)

今回の人物壁紙 市川まほ
東京スカ・パラダイス・オーケストラの今回楽曲「追憶のライラック」下記タイトルです。
追憶のライラック
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