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交感旅情 第32話「戻路(れいろ)」

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「昇りたい!達したい!」のは山々だった。が、しかし、すんでの所で、周(あまね)は思い留まった。「簡単にイけば、後悔するかもな・・」の想いがあるのも、事実だった。男根(コック)の勃起が治まるのを待って、彼は何食わぬ顔で、トイレから席へと戻った。今度は、中条の姿が消えていた。

「周さん、気分でも悪いの?」首を傾げながら、由紀が訊く。傍らで、宙(そら)と由香も、耳を傾け。「悪いなあ、心配かけて。何でもないから、気にしないで・・」周は返した。そして「伯父さんは?買い物でも行ったかな?」訊くと「彼は、駅へ行ったわ。これから乗る、蒸機の列車の切符を買いにね」返事は、初美から返って来た。

「なる程、そうですか・・」席に戻った周は、半分程残った、アイス・コーヒーを嗜む。宙と姉妹は、アクセサリーの話題に花を咲かす。当然、会話の相手は、初美になる。「駅、混んでいそうだから、すんなり用が済むといいですね」と言うと、初美も「そうねぇ、あたしたちは良いけど、由香ちゃんたちは、早めに発ってもらわないと・・」と返す。数分程後、中条が戻った。「OKだ。四人一ボックスを確保した。後ろの方、2号車な」 「有難うございます。もう少ししたら、駅へ移動しようかしらね」初美と宙が返す。周も一礼。

3:20pm過ぎ、中条が言った。「さ、由香ちゃんと由紀ちゃんは、そろそろ尾登(おのぼり)へ向かった方が良いな。気をつけて欲しいのは、JR尾登駅の辺は、商店が全くねぇんだよ。だから、飲料(ドリンク)とかが要るなら、県道入ってすぐ西へ進んだ『リオン・ドール』てスーパーで買って行った方が良い。俺たちは3:50pm頃の出発だから、ゆっくり目で良いけどな」

聞いた由香「ああ、そうらしいですね。三川(みかわ)で一緒だった方たちも仰ってたけど、尾登駅の通りは、何も買い物ができないんですって。有難うございます。覚えとかないとね。なあ由紀ちゃん、聞こえたか?」 「了解。伯父様、おおきにです!じゃあ、出かける用意しますね」中条が頷くのを確かめて、姉妹は店を後に。「じゃあ又、新潟で。7:30pmの集合に間に合わなそうだったら、連絡します」 中条「焦らんでいいから、気をつけてな。連絡は、俺宛てで良い。じゃ、後で!」店の格子戸の表と内で、会釈が交わされる。少し間をおいて、駐車場を出る、車の音が聞こえた。3:30pm過ぎ、残る四人も、会計を経て店を後に。

日曜午後の喜多方駅は、新潟方面に加え、会津若松から先、福島・郡山や首都圏、仙台方面へ向かう多くの客で、ごった返していた。ラーメンも味わえる、駅蕎麦店は、夕方近いこの時間も満員の盛況、売店の買い物客も多かった。3:50pm前後に、新潟行蒸機列車と、東北新幹線や郡山行列車に接続の、会津若松行上り便が、ほぼ同時に ここを発つのだ。

「お待たせしました。下り『SLばんえつ物語』新潟行と、上り普通 会津若松行の改札を始めます」3:40pm過ぎ、駅員の一声に続き、入口の仕切が開けられ、改札が始まる。蒸機の列車は、手前の 1番、上り普通便は、陸橋の向う側 2番のプラット・フォームから発つ。原則とは異なり、上下列車は、右側通行のスタイルで、行き違う事になる。

「バォォ~ッ!」太い汽笛の一声が、轟きながら近づく。左手から、蒸気 C57の先導で、下り「SLばんえつ物語」が進入して来る。通る時、ボイラーの熱気が一瞬「ムッ・・」とした感じで生暖かく伝わる。「体温のある機械って、あるんですね」周が、感嘆して言った。「そう。好い理解するなぁ。周君は・・」中条も、そう返した。

四人の前には、最後尾に近い 2号車が横付けされる。昭和後期 高度成長の頃、大阪万国博覧会輸送対策で多数が生まれた、中長距離客車「オハ12型」である。型番の「オ」は、動力なしの客車だけに用いられる車両重量区分の事で、「オ」クラスだと、車両総重量GVWが概ね35t位。編成の端を固める後部車に見られる「ス」クラスでは、ほぼ40t位。続く「ハ」は客室ランクで、旧三等、現普通車である事は、既に触れた。近代型車両の為、窓こそ開くが、空調完備に自動ドア、エアサスの足回りが標準となる。

車内は、懐かしの四人掛けボックス・シートが、20区分強並ぶ。内装も、大正時代がテーマの、古風な落ち着いた調度。中条たちは、中程より後寄りの右側だ。日曜の下りは、空席が出がちなのだが、連休期間に入ったとあって、一部が空いているだけで、結構な乗車率だった。

反対側の線路に、上り普通便が滑り込む。「そろそろだな」窓を開け、顔を出した中条、呟く。ひとまずの隣は周。男二人が、進行と逆向き、初美と宙の二人が、正方向に座る。一際大きく煙が上がり、太い汽笛一声、列車は、喜多方を後に。煙に加え、足回りから蒸気の噴き上げも加わり、息継ぎの様な排気音(エグゾースト・ノート)のピッチが上がって行く。駅のはずれのポイントを通ると、ローカル線らしい単線となる。

出発して直ぐ、濁川(にごりがわ)の鉄橋を渡り、煙を上げ続けて加速、左カーヴの築堤へと進む。右手の、電気部品工場の庭には、まだまだ見られる桜花が咲く。この辺りは「舞台田(ぶたいだ)」と言われる人気の撮影場所。この日も勿論、多くの愛好者が集っていた。「彼女たちにも教えてやりたかったんたが、如何せん、ここは有名になり過ぎた。桜の時季なんて、後から入るのが難しくてな。だから教えなかったんだ」中条の説明を、他の三人が暫し聞き入る。

築堤をクリアした列車は、緩い登りにかかる。「慶徳峠」の名称はあるが、勾配はせいぜい 1%ちょっと。実は坂道に弱い 蒸機 C57も、難なく 7両編成を先導して乗り切る。暫く低めの速度で山間を辿ると、昼間訪れた、一戸川の立派な鉄橋を経て、山都に至る。この間、約十数分。

「この、前後の揺れが分るか?」山都を発つと、中条が言った。「この揺れは、蒸機にしかねぇものだ。デカい動輪を、連結棒(ロッド)で駆動する関係で、生じるのかもだが・・」これに、周が反応「ああ、感じますね。はっきりと前後に揺れてます。慣れると・・何て言うんですか。ちょっと、好い感じですね」それを聞いた宙が、周の眼を見て一瞬微笑む。「あたしも、同じ事考えてたよ。好い感じ。『あの行為』の助けになるかもね」と返す。「ああ、そうかもな。まあ、それは、後でゆっくり話そや・・」熱を帯びたらしい恋人を、若者は何とか鎮める。傍らでは初美が、これも微笑みながら、その会話を見聞きしている。

山都からの下り坂を活かして、列車はスムーズに加速、再び山間を抜け、これも昼間、カヌー練習を目撃した阿賀川に沿って、煙の帯を伴い、順調に下る。この辺りが荻野。更に下り、尾登へと左カーヴで近づくと、駅のはずれ辺りの、10人程で撮影機材を構える一団の中に、由香と由紀の姿も認められた。

「おーい、ご苦労!」 「頑張って!」地上と車上から、挙手で挨拶を交わす。姉妹も、何か言葉を返した様だが、よくは分らなかった。更に川沿いに進み、この二日共訪れた、野沢。列車は、運転準備もあって、暫く停止。この間に車で追い抜き、先行する向きも多い。「少し時間がある。機関車を見に行くか」男二人は、後方から先頭へと向かう。女二人も続く。

「本当に、生き物の様ですね」周が、静かに呟く。「分るか?そうなんだよな。数ある機械の中で、蒸機には命が通ってるって評する人たちもあるんだ。何となく、分る様な・・」こう返した中条は、言葉を詰まらせた。「周君、ご免な。俺、この機を見てると、無性に泣けるんだわ。前世紀の末、それまでにねぇ位、長期の空白から再起したんだよな。それで、感銘しちゃって・・」途中から、嗚咽になった。

「伯父さん、分りますよ。抑えなくていい。俺だって・・」周は、しゃがみ込む中条を、力強く支えた。「あたしもです。伯父様、分るわ!」宙も駆け寄る。やや後ろで、見守る初美。「新さんは、分るんだわ。地元で、あたしが電気機関車の汽笛に触発されて泣いた時、嫌な顔一つせず、寄り添ってくれた事・・」 「だから、あたしにも分る。彼が、感極まってる事・・」

4:30pm過ぎ、列車は野沢を発つ。感情の落ち着いた中条は、出発して右にカーヴを描く、列車の前方を動画に収める。暫くは、豊かな田園。次の上野尻を過ぎ「銚子の口」峡谷を横に見る所から、又山間。窓は、できるだけ閉めた方が良い。このタイミングで、女性乗務員が、蒸機にまつわる記念品が当たる車内イヴェントを始める。ジャンケンの勝ち抜きで、当選者を決める遊びだ。勝負運の悪い中条は、毎回はずれ。今回も同様だった。勝ち抜き、記念品のピンバッジを手にしてのは、初美であった。彼女の幸運を祝った、周と中条は、地ビールで「残念!」の杯を交わす。

続く山間、福島・新潟の県境を西へ越え、徳沢から豊実、木下姉妹の、この日最後の撮影地たる日出谷(ひでや)を過ぎると、程なく長い平瀬(びょうぜ)トンネル。ここを抜けて、鹿瀬(かのせ)までの辺りが、列車の速度が最も上がる所。最高速は 80km超かも知れない。新世代のディーゼル気動車 110代とさして変わらないペースで鹿瀬を過ぎると、断層があるなどの関係で暫し徐行し、5:20pm頃、津川に到着。

ここも、車両点検や ボイラー用水の補給などで、十数分の停止。中条と宙は、その様子を見に行く。周も続くつもりだったが「周君、ちょっと・・」の声に呼び止められる。発したのは、初美。「ちょっと、来てくれるかしら・・」促されて同行したのは、二両前の 4号車、丁度、客の途切れた展望ラウンジ車だった。
(つづく 本稿はフィクションであります)

今回の人物壁紙 葵つかさ
葉加瀬太郎さんの今回楽曲「ラ・ジターヌ~気まぐれ女」下記タイトルです。
ラ・ジターヌ~気まぐれ女

蒸機 C57 「SLばんえつ物語」走行動画(引用)下記タイトルのクリック又はタップで ご覧になれます。
C57180/4


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