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想いでの山峡(やまかい)~林間学級の秘密 第36話「終礼」

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「会いたくない・・けど、会いたい」特別林間学級から帰った、健(たける)、徹の二少年が、間もなく佐分利学院を去る主任講師 初美に抱く、偽らざる想いだった。

8月7日の金曜、夕方に帰宅してから、彼たちは、勉強や部活の合間、プロ野球 NCドラゴンズの拠点、チュウキョウ・ドームからも遠くない、JR中央西線沿いの、名もない公園を訪れる様になっていた。ここで午後、すぐ傍らを通る、下りコンテナ貨物 81や石油貨物 5875、上りコンテナ貨物 2074や油槽回送 3084、夕方なら下り石油貨物 5885の各列車が通り過ぎるのを眺め、林間学級「夜の出来事」をなるべく早く忘れようと、彼たちなりに努めていたのである。

「あの女性(ひと)の事、美し過ぎる記憶だぜ。すぐには忘れられないよな・・」余りにも熱く、鮮烈な「夜の補習」の思い出を、そう簡単に忘却の彼方に押しやれる訳ではない。それが、冒頭の呟きとなって表れたのだろう。

健「特に、81レの時が大事だな。午後唯一の下りコンテナ便だ。あの夜の思い出も、遠い山間へ、コンテナに詰めて持ち去ってくれたらって思うんだよな」と言えば、徹も「その気持ち、分るよ。俺もできればそうしたいって思うんだよ。でも、あの女性(ひと)を、忘れられるかどうか・・」こう応じる。

林間学級からの帰路、N城址の近くから、二台の車は分れての走行となった為、彼たちは、女講師たちとは中津川の休憩時、口頭で軽い挨拶をしただけだった。初美と二少年の、三人だけで交わした、熱い終礼の記憶がまだ残っていた。勿論それは、心に留めていた。彼女の進路は、佐分利理事長の力添えもあって、9月から、学院近くの情報関連企業に移る事となっている。

8月17日の月曜。二少年は公立小学校の登校日で、佐分利学院に登院しない日だった。奇しくもこの日が、女講師 初美の最終出番となったのである。
事前に仕上げていた、林間学級活動報告書(勿論「夜の補習」の記載はない)提出や、二学期からの担当となる、後任講師への引き継ぎと申し送り。若干の残務・・などなど。初めは、書類による申し送りだけになる予定だった、若い後任女講師 花井 結(はない・ゆい)が、都合をつけて出動してくれ、直に引き継ぎができたのは幸いであった。教え子たちの顔が見えないのは寂しいが。

この日は、養護課の小町主任も出動していた。傷病の手当てに必要な薬剤や、ガーゼ、バンドエイド、消毒剤やアルコールなどの有無、備品類の大掛かりな点検をしておきたかったからだ。後任の結を交え、三人、近所の馴染み所で昼食。

小町「初美、引き継ぎ完了ね。ご苦労様」 初美「有難う。結が出てくれたお蔭で、全て片付いたわ」 「当然ですわ。早く様子も知りたいし、少しでも、初美さんからお聞きするのが良いですから」と結。
「後は、そうね。改めて、彼たちと終礼をした方が好いんじゃない?」小町が言うと、初美「小町さん」「はい?」「奇遇ね。あたしも同じ事を考えてたの。20日の木曜が、学院在籍の最終日だから、この日に彼たちと都合できれば好いと思うわ」「そうね。それが好いでしょう」「彼たちに、連絡しておこうかな」初美、そう言うとSMSで日取り確認。少年たちからは、いずれもOKとの返事。

初美、二少年に決定を告げる送信「じゃ、20日の木曜に、お昼から彼たちと暫く会うって事にするわ」「それが好い。済んだら、香緒里に結ちゃんを交えて、貴方の慰労会ね。楽しみだわ」小町はこう言い、微笑んだ。「宜しく、お願いします」結も、笑顔で一言。「有難う。お世話かけるけど」初美も応じた。午後は、小町の応援も得て、結に学院各所の案内をしたり、ともすれば問題化し易い、男性講師への接し方などを伝授、合間に、実家にいる香緒里に、木曜の面会場所手配の依頼などをして了解を得る。概ね、静かな終幕であった。

心揺れるのは、二少年だけではない。健の伯父 中条。特別林間学級の帰路は、何よりも安全優先。午前にあった、あらゆる雑念を取り払い、二少年をつつがなく帰す事に全身全霊を傾け、車内でよく聴く、マイルス・デイビスやハービー・ハンコック、渡辺貞夫らのBGMもそこそこに、安全運転に徹した。勿論、少年たちからの、冗談交じりの会話に応じる位の余裕はあったが。

ただ、居所へ一人戻ると、初美が林間学級最終日に見せた、思わせぶりな立居振舞が気になった。己の不注意の結果とも言える、健が秘かに送った下着の事。しかも、ミニコスと共に、その着けた艶姿の披露・・明らかな挑発。更に、成行きに任せれば、拒まれる事なく、昼間から間違いを犯していたかも知れず、終いには、今後に影を落としかねない言質まで取られる結果に・・。

「いやいや、それは違う。あいつらと同じで、あの『遥かなる山峡(やまかい)』だけの出来事だったのさ。何とか、その様にしなければ」中条は、次々に起きて来る想念を振り払った。初美は、確かに「女性」を強く感じさせる魅力に溢れてはいるが、彼女は、甥や徹との深い仲が終わったばかり。中条自身も、急の離婚からまだ一年程。半分は、己の不心得だった所もある。教育者でもある、才気ある女性を、今、苦境に晒す訳には行かない。

もう一つ「よく、全てを許したな」甥と、徹の二少年を、公平に愛し抜いた事への、敬愛の念もある。彼たち二人と交わったとは言え、相応の男性遍歴があるとは言え、それは決して、誰にでも己を許す雌犬(ビッチ)などではないと言う事も。
とまれ、お互いに心の冷却期間が必要だろう。ただ、直ではないが、連絡手段は断たない事にした。何しろ、甥 健の恩師だった女性(ひと)だ。ここから、彼女が学院を去った後も連絡はできるはずで、彼はそのルートで、必要なら接触(コンタクト)ができる術を残したのである。

一方の初美も、その気持ちが見られたのは事実。何よりも、健から送られた下着を、中条の眼前で堂々と着け、披露。しかも、深部に誘おうとするそぶりまで見せ、辛うじて思い留まった彼から、次への言質を取り付けてもいる。この一夏、深い間柄だった二少年への情念も、すぐには消える訳がなく、微妙な所あるも、中条に対する女性としての「向き合う姿勢」を見せたのは明らかだったろう。「エッチな男性(ひと)だけど、強い信念もおありなんだわ」

8月20日の木曜。本当に、林間学級最後の日が訪れた。朝方まで雨、日中は曇りで、夜に入り晴れ間と言う、中山荘(ちゅうざんそう)最終前日と似た天候となる。

健の親元近所、某名店にての昼食の席には、初美と二少年、中条、香緒里、小町、それに結の七人がいた。シーフードがメインのコース。女講師の装いは、香緒里が、林間学級へ出かけた時そのままの、ラフなTシャツにジーンズで、これは男たちも色目違いだけで大体同じ。結が、割合堅めのブラウスに濃色のロング・パンツ。他の二人は、往く夏を惜しむかの様な、薄手のワン・ピース。初美が薄黄で、ウェストに青の飾りベルト、小町は薄紫で同色のベルト。少年たちは、初美の装いを「(東海道・山陽新幹線試験列車)ドクター・イエローの様だ」と評した。進行は、まずは結の後任挨拶と自己紹介から。

それからは、林間学級の思い出話や、結局は大きな不安のなかった、夏休み課題の仕上がり状況、十分な練習とは行かず、一時劣勢となるも、すぐ立て直せた草サッカー活動の話題などが出、初美と中条、香緒里はジャズなどの音楽談義も交わした。

「初ちゃん、後でね」「ええ・・」午後2時過ぎの食後、香緒里、小町、結の三人は、近所にある、後程 初美と合流予定の喫茶店へ移動。ここで「終礼」が済むのを待つ。後の四人は、健の家の応接間に集まり、暫し歓談。中条と二少年は、初美を見送った後、JR中央西線下り貨物 5885列車の通過を見てからチュウキョウ・ドームで行われる、プロ野球 NCドラゴンズの試合を観に行く予定。この日は、西日本の勇者 MHカープを迎えての好カードである。

午後3時過ぎ、冷えたサイダーと麦茶が振る舞われ、一服した所で、中条「じゃ、俺は会社の雑用を片づけて来るから、お前たちは宜しくやってくれ。初美先生と、皆さんのいらす店へ行っても好いけど、ここの出発は4時半な。二人は、必ずそれまでにここへ戻る事。いいな」「はい、了解です。伯父さん、今夜は飲んでもらいますから宜しくね。地下鉄での行き来だから、安心だし」健の返事。
「こらこら、余り調子をこくなかれ。叶わんマセガキ共だ!」苦笑しながら、初美への短い労いの言葉を残し、中条は席を離れた。彼女は会釈で返す。

想いでの「夜の補習」の時同様、初美と二少年だけの席になった。彼女は訊く。

「ドームの試合で、伯父様に何をしてもらいたいの?」「はい。伯父貴に少しビールを飲んでもらい、変な言葉で応援したりするのを聞きたいんです」笑いながら、健が返す。「ああ分る。MHカープのファンは、変なとこから声出して応援するぞってのか?」徹が苦笑しながら割り込むと「そうだな、多分それもあるかもよ。何せ伯父貴は、酔うと前後が分らなくなるとこがあるからなあ」再び、笑って返す。

「まあ、面白そうね。あたしたちもドームのチケット買って、応援に行くと良かったわね」初美も合せる。もう、あの夜の薄気味悪さは微塵もない。健やかな美しい笑顔。「よければ、当日券もあるでしょう。ただ、伯父貴や俺たちとは、席が分れるかな」と健。暫く、プロ野球メインの談笑。二少年は、このまま応接間で中条を待つ事にした。

そして、何となくの区切り。初美が「ちょっとね、最後に、しなければならない事をしようと思うの。それはね・・」切り出す。「あ、分ります・・」言葉を察した二少年は、部屋を一時施錠しながら反応す。「順番は、あの時と同じかしら?」「そうですね」初美は、長手のソファに落ち着くと、まず健を手招いた。

「さあ、この林間学級の終礼よ。あたしの目を見て、あの言葉を頂戴」これを受け健、今日までの師と向き合い、目を合せ「初美さん、好きです」「もう一度くれる?」「初美さん、好きです!」二度目の言葉が終わるや、二人は、互いに腕を回し唇を重ねる。30秒は続いた。
次いで徹。「さあ、健と同じくね」「はい」ソファで向き合い、目を合せ「初美さん、好きです」「もう一度くれる?」「初美さん、好きです!」これもすぐ、抱き合って唇を重ね、ほぼ30秒。解錠と共に、特別林間学級の「本当の終礼」が交わされた。

「二人、とても好い夏だったわ。これからも、お互い希望を持って頑張ろうね。あたしも、二人と又会いたい。心がければ、願いは叶うわ。好いお話もあるけど、それはこれからも学院にいる、小町さんや香緒里から聞けると思う。それを信じて」「よく分りました。貴方のお言葉を信じます」

「じゃ、二人、グッド・ラック(Good Luck)!」スッと席を立つ初美。モデルの様に凛とした歩みで、応接間を出る時振り返り、二少年に向け、両手で投げキスを送った。向き直り、歩み遠ざかる、美しい後ろ姿。閉まり始めるドア。
「有難うございました!」彼たちは、大きな一声と、深い一礼で見送った。
(おわり 本稿はフィクションであります 2016=H28,8,29記)

今回の人物壁紙 波多野結衣

渡辺貞夫さんの今回楽曲「ドゥセ・セドゥサォ(Doce Seducao)」下記タイトルです。
(演奏編はこちら)


(歌唱編はこちら)
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