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母娘(ははこ)御膳 第9話「兆候」

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12月10日の土曜、総合予備校 佐分利学院に通う浪人生 阿久比 周(あぐい・あまね)は、後輩の高等科生 豊野 豊(とよの・ゆたか)と、午後の喫茶店でコーヒーを嗜み、暫し談笑。朝方の雨も早くに上がり、急速に天気が回復したこの日は、各々午前二限と、昼食を挟んで午後一限、計三限の教科を終えた後。二人共、秋冬物の平装、靴もよくあるスニーカーである。

「阿久比さん、いよいよその時が見えて来ましたね」豊が切り出す。「ああ、まあね。直前対策も必要だが、一番大事なのは、これまでの積み重ねだからな。今、できるのは、その再確認ってとこか」周はこう返す。豊「・・ですよね。総じて、今更ジタバタしても仕方ないってとこも有りですか?まあ俺たちがこうではいけませんが・・」と応じ。

周「そんなとこだな。お前も知ってると思うが、ウチの傍の、夜のバイトも暫く抜けさせてもらう事にしたわ」 豊「そうですか。ああ言うとこだと、金・土曜の夜なんかはかなり忙しそうですもんね。阿久比さんも、その辺は結構遅くまでだったんじゃないですか?」 「そうだね。月に一度や二度は、日付が変わる間際までって事もあったよ。でも、一番助かったのは、賄いの夕飯があるとこだな」 「ああ、賄いね。そりゃ良いや、俺のいる寮もそうです。まあ質量は十分とは言えないけどね」豊、こう言って苦笑す。「ああ、そうか。お前のとこも、一応出るのね。じゃあ、お互いその分だけは雑用から解放されるんだな」周も、苦笑して応じた。

周は続ける「・・で、年内、平日の夕方だけ、F・I・Tの花井社長からのお誘いで、本社の用事を応援しに行ってるんだ」 豊「そうですか。まあ受験準備も大変だろうけど、だからって、収入ゼロってのも不安ですもんね」 周「まあ、それが本音だな。大体二時間だけだし、体力面は余裕だけど、お前も想像つく様に、企業秘密とか個人のプライバシーとかも絡む用事なんで、そこは気を遣うなぁ」 

豊「そうでしょうねー。情報管理って、そう言う所にも関わらないといかんから、難しいですよねー」 「・・て、心配してても仕方がない。やるだけだ」 「はい、無理なく進めて下さい。賄いとか、良い事はあるんですか?」 「そうだね。一定は。毎日弁当が出るし、たまに来ない時ゃ、社長や隣の席の伊野主任が、食事に連れてってくれる時も有りかな。まあ、余程運が良ければだが」
豊「そうですか。そりゃ良いや。伊野主任って、つまり去年まで学院におられた、初美先生ですよね」 周「そうそう。だから手書きの書面とか伝票、帳簿なんかはかなりうるさくチェックされるな。学院の頃の、厳しい教科を思い出すよ」そう言って苦笑す。

豊「ハハ、正直 初め『羨ましいなー』と思ったんですが、実態聞いて少し考え変わりました。やはり大変そうだ」こう応じ、これも苦笑。周「まあ、一日二時間で済んでるから良いけどね。でも社会人になりゃ、これが朝から夜まで毎日だから、今から覚悟した方が良い・・か」 豊「大変・・だけど、将来の為には良い訓練(トレーニング)かもしれませんね。まあ、勉強共々頑張って下さい」 「心配有難う。まあ何とかするわ。ところで最近、中坊の健(たける)に徹とは会ってるかね?」 

豊「ああ、あの二人とは、たまに会ってます。この前、阿久比さんが夕方F・I・T行かれてた時、三人で学院そばのマクド(ナルド)で一時間位喋りましたね。あいつら、貴方の事も、ちゃんと心配してましたよ」 周「そうか。元気ならいいな。この年末年始に、一度位四人で集まれりゃ良いが」 「良いですよ。四人で、熱田神宮か大須観音辺りへ初詣でも行きますか?必要なら、俺、セッティングします」 「ああ、有難う。俺は大晦日と元日だけは帰省するから、そうだな、三日辺りが好いな」 「分りました。俺も同じタイミングでM県の実家へ帰りたいと思いますんで、三日で調整してみますわ」 「ああ、それで頼むわ。連中にも宜しく言ってくれ」 「了解です」その後、スポーツなどの話題で雑談して解散。時間にして、一時間強だったろうか。

日曜日を挟み、翌週も、粛々と学院の教科、自習、夕方の、花井 妙(はない・たえ)の会社の時限勤務をこなす。隣席の業務主任 伊野初美(いの・はつみ)は、厳しい仕事の姿勢と共に、合間に周がこなす受験勉強にも口を出す。ただ、表向きうるさい出方はしなかったが、概ね的を射た指摘が多く、そこは彼にとっても有難かった。

毎回の勤務を終えた後、小半時位は時間があったので、二人は、受験の事もよく話し合った。学院にいた頃と変わらない、モデル張りのハーフ的な美貌は、眼も眩む程の圧倒的魅力を誇ったが、周は、彼女が健の伯父 中条 新(なかじょう・しん)との間柄が進展している事を知っており、又、現在そちらの教えを受ける、社長の妙、そして先日、予想外の体験をする事となった、その娘の宙(そら)との関係を大事にしたい想いから、初美への憧れは、何とか振り払う事ができている状況だった。

12月16日の金曜夜、学院の教科と自習の後、F・I・T本社の用務をほぼ終えようとしていた周に、妙が声をかける。「阿久比君、悪いけど、ちょっと遅くまで残ってくれるかしら?」 周「OKですよ。必要なら、今ご指示を伺いますが」 「いやいや、まだ後で良いわ。今夜はお弁当が来ないから、30分後に食事に出ようね。君はそれまでに、担当分を仕上げる事」 「了解しました!」

ビジ・スーツ上下姿の二人が、近所へ夕食に出たのは、8pm過ぎであった。隣席の初美は、この日は一日外務。出先から居所へ直退する日程(スケジュール)となっていた。前月、初めて妙に連れて行ってもらった洋食店での夕食後、9pm過ぎ、本社へ戻る。その折、妙は保安担当に「用務があって、今夜は泊まり予定です。阿久比君もね」と告げ。聞いた周は「いよいよ、あの部屋の出番か?」ぼんやりと、そう想いを巡らした。

「阿久比君」妙が声かけ。「はい・・」 「今の本社は、我々以外の全社員が帰ったからね。この後の用事は、社長室でしてもらうわ」 周「かしこまりました」と返し。一台は、終夜止まらぬEVで、上階社長室へ。入室した妙は、ペットボトルの日本茶を二本用意、一方を、周にも勧める。「有難うございます」二人は、飲みながらもう暫く談笑。

妙「今日のお仕事は、ほぼ完了よ。だから、暫く喋って、この前途中だった、夜の授業の続きをしましょう」 聞いた周、やや驚いた様子も「了解しました。宜しくお願いします」と返し。この夜の話題は、主に受験準備についてだった。

「もう不安はないの?」妙が尋ねると、周は「はい。全然安心って訳じゃないですが、概ね全教科のフォローはできたかなって所です」 「そうかぁ。じゃ、年明けに出願するだけね」 「まあ、そんなとこですね。後は、模試の事を思い出して、実際に難しそうな場面を想像して準備するとか・・」 「隣の伊野主任も、色々教えてくれるでしょ」 「はい、お蔭様で。何しろ、去年までの恩師ですからねぇ」 「まあね。君もそろそろ気付いてくれてるかもだけど、世間って、広そうで狭いのよ。まあ因果だと思って、彼女の話も聞くと良いわ」 「はい、有難うございます。あの方も、本気で心配して下さってるんで、やはり期待に応えたいですよ」 「うんうん。無理はいけないけど、自信を持って当たる事ね」 「・・ですね。それは心がけようと思いますよ」小半時程、雑談。

暫くおいて、妙「さあ周君、シャワー行っといで」促す。周は応じ「有難うございます。使わせて頂きます」トレーナーの夜着を携え、先にシャワー室へ。
「お先失礼しました」入れ違いに、妙がシャワー室入りの直後、周のスマート・フォンにLINE着信。宙からだった。

「周さん、今晩は。暫くね」 周「ああ宙ちゃん。会えなくてご免な。元気そうで安心したよ。今夜はもう帰ったの?」 宙「ええ、まあね。今夜は、母さんがお仕事で泊まり込みなの。結(ゆい)姉さんは帰ったけど、仕事の持ち帰りみたいで、何かカリカリしてたわね」 周「学院も忙しいんだな。貴女もこれから勉強だろ。余り喋らん方が良いな」 「まあそうだね。周さんは?もう帰ってるの?」問いかけに彼は「ああ、俺も帰ってる。これから一勉強・・かな」と、本意ではない嘘を答えておいた。

宙は「ところで・・」と、彼女の不得意な国語、古文の質問を、周にして来たのだった。彼は疑問に答え、近況を二、三やり取りし、クリスマスの頃、一度会う事を約して、交信を終えた。その直後、妖艶な下着風コスに着替えた、妙が現れる。「周君・・」彼女は言った。「これから、今夜の用務の本題に入るわよ。用務・・て言うより、授業だけどね。分るよね・・」 「はい先生、もう理解しますよ」浴衣姿の周はこう答え、妙に歩み寄る。「始めるわよ」 「宜しくお願いします」二人は抱き合い、唇を交わし始める。舌技も使った、濃厚なそれに移って行く。

一方の宙、再び部屋へ戻って勉強再開も、一抹の疑問が脳裏を過る。その疑問とは・・「もしかして周さん、母と寝てるんじゃないかしら?」前月、己にChikanまがいの手出しをした男が、母親と夜を共にする図の想像は、確かに少女の胸を騒然とさせる。だが、その一方で、妙に大きな違和感がなく、一呼吸置くと、何故か許せてしまう所あるのも、又事実だった。
(つづく 本稿はフィクションであります)

今回の壁紙 名古屋鉄道 名古屋本線山王(さんのう)~金山間 名古屋市中区 2015=H27,3 撮影 筆者
久石 譲さんの今回楽曲「ホワイト・ナイト(White Night)」下記タイトルです。
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